高岩 雄一 略歴
コラボレーション株式会社
代表取締役 高岩雄一
滋賀県高島市安曇川町在住

昭和24年1月 大阪市北区扇町で出生
昭和47年関西大学 工学部応用化学科卒業
同年 経済産業省所管(財)JQAに入所
1970年国会で公害対策基本法が制定されそれらを計測する計量器の精度が取り上げられ日本の一番古い法律(度量衡法)現計量法に環境計量として基準が策定される事に決定、それで大気、水質、騒音、振動等の基準物質の制定に寄与。
そして日本全国の企業等に検定検査。
その後経済産業省でODAでアジア各国とりわけタイ、マレーシアの国の試験機関に建物、機材の供与に寄与。
その仕事の傍ら当時日本の東北大学で光ファイバーが開発、同時にNHKでハイビジョンTVが開発、それを察知したアメリカの当時の副大統領のG氏が日本にそんな物を持たせると大進歩に繋がると杞憂、それを阻止せんが為に日本と日米構造協議(SII)を締結この年から10年間情報社会の遅延を狙って高速道路、ダム等に430兆円を費やす様になった、それが現在日本が情報社会の大後進国になった遠因である。
その事に危機感を感じ日本で初めてのNGOを作る事に着手、考え方は光ファイバーは何も軍事じゃなく福祉等世界平和の為に使用すると言う考えの元、アジア・アフリカ、60ヶ国の国と友好を持とうと言う事で各国を回った。
ケニアでは国連の唯一アフリカのナイロビにあるUNEP(国連環境計画)にも友好関係を結んだ。
しかしそのNGOは何故か消滅した!
その後経済産業省を去りこのコラボレーション株式会社を立ち上げ通信事業に着手、現在に至る。